デカフェ・カフェインレスコーヒーを見つけた午後3時のシンデレラ

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デカフェ・カフェインレスコーヒーを見つけた午後3時のシンデレラ

※登場人物は全て仮名です。

私とコーヒーの切ない関係

「また紅茶で…」

私、桜井美咲(33歳・独身・IT企業勤務)は、今日もカフェでそう呟いた。時刻は午後4時。本当はコーヒーが飲みたい。深煎りの豆で淹れた、香り高いコーヒーが飲みたい。でも私の体は、午後3時以降にカフェインを摂取すると、夜中の2時まで眠れなくなるという、非常に面倒くさい仕様になっている。

大学時代は平気だった。徹夜前に缶コーヒーを3本飲んでも、レポート提出後には爆睡できた。それが30歳を過ぎた頃から、まるで体内時計に厳格な門限が設定されたかのように、カフェインに対して敏感になってしまったのだ。

友人たちとの夜カフェも、私だけいつも紅茶。「健康的だね」なんて言われるけど、違う。私は健康志向じゃない。ただの体質なのだ。コーヒーの香りに包まれたいのに、飲めない。この2年間、何度この矛盾に苦しんだことか。

運命のスワイプ

その日の夜、ベッドでぼんやりとInstagramを眺めていた私は、あるハッシュタグに目を奪われた。

「#夜カフェ #深夜作業 #デカフェラテ」

写真には、夜11時のカフェで優雅にラテを飲む女性。え、この人明日大丈夫なの?と思って投稿を読むと、「デカフェだから夜でも安心!これで毎日夜カフェ楽しんでます」とある。

デカフェ?

聞いたことはある。でも、それってカフェインがない分、味も薄いやつでしょ?コーヒー風味の何か別の飲み物でしょ?そう思い込んでいた私は、これまで完全にスルーしていた。

でも気になって検索してみると、#デカフェ のタグが13万件以上。しかも、「妊娠中でもコーヒー楽しめる」「授乳期の救世主」「夜型人間の味方」というコメントで溢れている。

さらに調べると、デカフェとカフェインレスコーヒーは同じもので、カフェイン除去率97%以上。妊婦さんにも安心で、睡眠への影響もほぼないという。

私、この2年間、何してたの。

人生が変わった日

翌日、私は仕事帰りに駅前のカフェに飛び込んだ。

「デカフェのコーヒー、ありますか?」

店員さんは笑顔で頷き、普通のコーヒーと同じ価格で提供してくれた。時刻は午後6時。これまでなら絶対に頼まなかった時間帯だ。

一口飲んだ瞬間、目を見開いた。

美味しい。普通に美味しい。いや、普通のコーヒーと変わらない。少なくとも私の舌では区別がつかない。香りも、コクも、ちゃんとある。

「私の2年間…」

そう呟きながら、私は人生で一番感動的なコーヒーを飲み干した。

それからというもの、私の生活は一変した。午後のティータイムはもちろん、夜の在宅勤務中も、寝る前のリラックスタイムも、すべてデカフェコーヒー。Amazonで「スイスウォーター製法」だの「超臨界二酸化炭素抽出」だのという専門用語が並ぶデカフェ豆を次々と購入。気づけば、部屋にはデカフェ豆が7種類もストックされていた。

布教活動の始まり

ある日、後輩の田中さん(28歳・妊娠5ヶ月)がランチ中に呟いた。

「コーヒー飲みたいなあ…でも妊娠中だから我慢しなきゃ」

私は、待ってましたとばかりに身を乗り出した。

「田中さん、デカフェって知ってる?」

そこから30分間、私は熱弁を振るった。デカフェの素晴らしさ、カフェイン除去の仕組み、おすすめのブランド、豆と粉の違い、ドリップバッグの便利さ。田中さんは最初こそ「へえ」と聞いていたが、次第に目が泳ぎ始め、最後には「あ、ちょっとトイレ…」と逃げていった。

でも私は止まらなかった。

同僚の佐藤さんが「最近眠れなくて」と言えば「午後3時以降はデカフェにしてみたら?」と提案。営業の山田さんが「夜の会議前にコーヒー飲みたいけど…」と悩めば「デカフェの時代ですよ!」と力説。

気づけば、私はオフィスで「デカフェの人」として認識されるようになっていた。

デカフェ沼の深さ

ある夜、私はついに「デカフェ専門店」をネットで発見してしまった。そこには、エチオピア産、コロンビア産、グアテマラ産、各種のデカフェ豆が並んでいる。レビューを読むと、「妊娠中でも罪悪感なく飲める」「夜中の授乳後でも安心」「健康診断でカフェイン制限されたけど、これで人生が変わった」という声で溢れている。

ああ、みんな私と同じだったんだ。

私はクレジットカードを握りしめ、5種類のデカフェ豆を大人買いした。合計金額は15,000円。我ながら、どうかしている。

翌週、届いた段ボールを開けた私を見た同居人の姉が、呆れた顔で言った。

「美咲、あんた最近コーヒー豆ばっかり買ってない?」

「違うよ、デカフェだよ」

「…どう違うの」

私は姉に、デカフェとは何か、なぜ体に優しいのか、妊婦さんや授乳期のママたちがどれだけ救われているか、そして私のような夜型人間がどれほど感謝しているかを、40分かけて説明した。

姉は最後まで聞いてから、静かにこう言った。

「で、あんた妊娠してないよね?」

「してないよ」

「授乳もしてないよね?」

「してないよ」

「…ただのコーヒー好きが、深夜にも飲みたくて、デカフェにハマってるだけだよね」

「……うん」

姉は深いため息をついた。

夜カフェの幸せ

でも、別にいいじゃないか。

今、私は午後11時のカフェで、この文章を書きながらデカフェラテを飲んでいる。明日も普通に朝7時に起きられるし、今夜もちゃんと眠れる。2年前の私には考えられなかった、この幸せ。

隣の席には、同じくラテを飲みながら本を読む女性がいる。ふと、彼女のカップに目をやると、レシートが挟まっていて、そこには「デカフェラテ」の文字。

思わず声をかけそうになったが、グッと堪えた。これ以上「デカフェの人」認定されたら、さすがにまずい。

でも、心の中で小さくガッツポーズ。

仲間だ。

私は静かにラテを飲み、パソコンに向かった。今日も、デカフェと共に、私の夜は更けていく。

ああ、幸せだ。

そして、ちょっとだけ恥ずかしい。

でも、それもまた、いいじゃないか。

 

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